昨日の15:00頃、僕は大学の先輩とさいたまスーパーアリーナに居た。

「とある人気バンド」の音楽ライブを聴きに行ったのだ。

 

開演は17時からで、それまでの待ち時間は約2時間。

運良く、ライブ会場で「柵」のある最前列を陣取ることができたので、

僕と先輩は「柵」を背にして腰を下ろし、時間を潰すことにした。

先輩の隣に居たおじさんも同じように座っていて

僕らは初対面ながら「楽しみですね」というような会話をし始めた。

 

ちょうどその時だった。あのおばさんが現れたのは。

 

おばさんは、40代前後。顔はかなり強張っていた。

音楽関係のリストバンドを5個以上右手首に付けており、

Tシャツやパーカーまで、全身にバンドグッズを着用。

その見た目からして、おそらく「コアなファン」だろう。

 

彼女は最前列から2列目に居たのだが、

なんと、先輩とおじさんが座っている間の部分に片足を突っ込んできたのだ。

その上から「柵」にも手をかけていて、横入りする気満々という感じだった。

 

その足がどんどん奥へ(「柵」の近くへ)と進んでいくものだから、

先輩の隣で座っていたおじさんが、痺れを切らして立ち上がった。

おばさんに背を向けて「邪魔だ」という無言のアピールをするためだ。

 

しかしおばさんは動じない。今度は先輩の方へと身体を寄せて、

私は必ずや、最前列に横入りをするのだ、という意志表示をしてきた。

その時もう既に僕は怒りの限界が来ていた。

人を不快にしてまで、自分勝手に幸せになろうとする輩は絶対に許せない。

その想いで睨み付けていたらおばさんと目が合ったので、

つい声に出して指摘をしてしまった。

 

「さすがに、強引過ぎませんか?」

 

おばさんは、ギョッとしながらも

「いけるかな…って思って」と笑いながら言った。

僕はそういうズルさを許すことのできない人間である。

(というか、このシチュエーションならまず「ごめんなさい」だろう!)

何が「いけるかな」だ。頭に血が上って、追い打ちをかけた。

 

「バンドが大好きだからどうしても前で見たいということであれば、

一言声をかけてくだされば私たちもその気持ちを無下に扱ったりはしないです。

が、そういったコミュニケーションも無しに足を入れて横入りしようとするって、

マナー的に無くないですか?お互いに気持ち良くないですよね?」

 

おばさんは、ついに戦意を失ってスッと足を引いた。

そして開演までの1時間半、この重苦しい空気を耐える力は無かったのだろう。

気付いたらどこかへ逃げてしまっていた。

 

さてこうなると、人間の心理は厄介なもので、

今度は「僕が悪者なのでは?」という気持ちが沸いてきた。

「あのおばさんは、その後ライブを楽しめたのだろうか…」

「テンションが下がり過ぎて、始まる前に帰ってしまったのかもしれない…」

こちらが不快な思いをさせられたから、正論をぶつけた。

しかし、それによって新たな不快が生まれてしまったのである。

 

憎しみは憎しみしか生まない。まさにその通りだ。

では、あのまま横入りを良しとすれば良かったのか。

それは違うと思うし、それを許せるほど僕は心が広くない。

今回、おばさんに指摘をすることなく、

不快ゼロであの事態を回避できなかった理由…。

僕はその答えの一つを、人間の「顔」に見出した。

 

もしも、あのおばさんが上戸彩やアン・ハサウェイのような美しい顔をしていたなら。

僕は、横入りのために足を入れられようが、何とも思わなかった。

むしろ「僕たちの代わりに最前列いかがですか?」と声をかけたに違いない。

ライブが始まってからも、ステージではなく隣の女性の顔を見続けたことだろう。

 

あのおばさんは、「横入りを許してあげたい」と思えるほどの顔を持っていなかった。

それが、穏便に済ますことのできなかった理由だ。