この世で一番手に入れたいものを問われたら、「世界一強靭な胃腸」と答える。そう、僕はお腹が弱い。健康診断でお医者さんに聞いた話では「日本人の男性は特に、ストレスなど精神的な要因でお腹を下しやすい性質がある」とのこと。どうやら、Amazonのワンクリックで強靭な胃腸(臓器移植手術費込み)が買える日が来るまで、下痢からは逃れられそうにない。しかし幸い、僕らにはトイレという心強い味方がいて、あの聖域に到達しさえすれば、どんなにお腹が痛くてもその精神的苦痛から解き放たれる。

……―というような甘い目算は、大きく間違っている。「真に恐れるべきは有能な敵ではなく無能な味方である」というナポレオンの言葉にもある通り、そのトイレの性能によってはさらに不安が増大することも視野に入れなければならない。それは例えば、大便ゾーンが1〜2箇所しか設けられていないトイレに出くわした場合だ。

通勤ラッシュの時間帯。急行や特急列車が止まる駅のトイレには、だいたい数名の腹痛難民が並んでいる。大便ゾーンが多くても2つ程度しかないからだ。だから、お腹が痛くて途中下車をしたとしても、そこからの順番待ちという地獄を避けて通ることはできない。体感時間がいつもの10倍にも感じるほどの危機的状況。それを耐えながら、ただひたすら自分の番が回ってくるのを待つ。神経を研ぎすませて、中に入っている人がウォシュレットを使う音や、トイレットペーパーが巻かれている音から、自分の順番までの時間を逆算する。すると急に、肛門が緊張を解き始める。もうこれ以上待ちきれない、と前の人が出てくるのとほぼ同時に扉の中に入り、扉の鍵を閉め、ベルトを外しズボンを下ろしながら尻を便座に付ける。そのゼロコンマ1秒後。肛門からジェット噴射のように排便が行われる。助かった…!、と安堵したのもつかの間、真の闘いがここから始まる。「今も並んで待っている人がいるから、急がなければ…」という焦りが心に生まれるのである。大便ゾーンの外にはお漏らし寸前の大人たちが、まだ自分の番は来ないのか、と待っているからだ。時には「ハァッ…、アアッ!」などと、苦しさのあまりに声を荒げている人までいる。数秒前までの自分もその苦しみを味わっていたからこそ、いち早く彼らを助けてあげたいという想いが込み上げてくるのだ。それと同時に、大便ゾーンを明け渡した後に腹痛が再発した時を妄想して、さらに不安が増す。苦しい時間を乗り越えて、やっとの思いで手に入れた玉座(便座)。その絶対領域を、お漏らし寸前とはいえアカの他人に譲ってやれるほどの余裕は、この時の排便者にはないのだ。こんな風に焦りながら踏ん張ったとしても、一切スッキリはしない。

このように、排便ゾーンが1〜2個しかない状況下では、一個人が「他人を腹痛の苦しみから開放しなければならない」という大きな責任を背負わされてしまうことがある。その結果、便座という安息の地にたどり着いたがために逆に不安が増してしまい、精神と胃腸が直結する日本人としてさらにお腹の調子が悪くなるのだ。僕はこれまでに、こういった状況下で多くの他人にその席を譲ってきた。極限の不安状態にあっても、自分の内から希望を見出して大便ゾーンを明け渡す方法を、ついに編み出したのだ。それは、両手で5ロールくらいのトイレットペーパーを、パンツとケツの間に置いた簡易オムツ。これならその後に漏らしても何とかなる。「下痢止めストッパ」どころの騒ぎではない、「下痢を止めなくていい」という究極の安心剤だ。ぜひ試してみてほしい。